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次に、AとBを比べると、平均収益率ではAが望ましく、標準偏差ではBの方が良いので、H氏の規準だけでは勝負かつかない。
では、Cとの比較で負けたBは、投資対象として全く価値がないのだろうか。
これを見るために、いま例えばAに二〇%、Bに八〇%ずつ分散投資してみよう。
すると、気象条件がどうであっても、収益率がCより高くなっている。
その上、標準偏差もCに比べて小さくなっている。
厳冬にはA社が頑張り、暖冬にはB社が儲けるので、これを上手く組合せると、C株に完勝する結果が得られるのである。
上の数値例は、性質の異なる銘柄に分散投資することによって、良い結果が得られることを示すものである。
しかし、市場で取引されている大半の銘柄の価格は、互いに同じ方向に動く場合が多いので、いつもこのようにうまく行くとは限らない。
つまり一般には、収益率の平均値を大きくしようとすると、分散も大きくなるのである。
これがいわゆる、「ハイリスクーハイリターン」の原則である。
そこでH氏は、・一収益率の平均値が一定ならば、その分散は小さいほど望ましい。
・一収益率の分散が一定ならば、その平均値は大きいほど望ましい。
と書き直し、収益率の平均値を一定値に固定した上で、分散を最小化する問題を解くことを提案した。
収益率の平均値を様々に変化させながら、収益率の分散の最小値を求め、これをグラフに表したものは、平均・分散モデルの「効率的フロンティア」と呼ばれている。
H氏の規準を認める限り、投資家は効率的フロンティア上に位置するポートフォリオを選択するはずである。
では投資家は、この効率的フロンティア上のどの点で投資を行うのだろうか。
ここで必要になるのが、投資家の好みを表す、「効用関数」の概念である。
しかしここではこの問題には深入りせずに、投資家が効率的フロンティア上の期待値と標準偏差のペアを見比べて、どの点が最も好ましいかを主観的に判断する、とだけ述べておくことにし 平均・分散モデルを解くのは、投資のリスクを最小化するためである。
そして、この目的を達成する上では、投資可能な銘柄の範囲(これをユニバースという)を広く設定することが重要である。
実際、TOPIXインデックスに含まれる一一一八銘柄、日経225インデックスに含まれる二二五銘柄、そしてOSAKA50インデックスに含まれる五〇銘柄を対象とする平均・分散モデルを比べると、リスクはほぼユニバースの大きさの平方根に反比例して小さくなる傾向が見られる。
このことから、実務上は、なるべく大きなユニバースに対して平均・分散モデルを解くことが要求される。
ところが、銘柄数が1000を超えるような実用規模の問題は、八〇年代半ばにいたるまで、実際に解かれることはなかったのである。
その第一の理由は、各資産の将来の収益率(の平均値や共分散)を予測するのに、かなりの手間がかかることである。
第二の理由は、仮にデータが得られたとしても、変数の数が少ない場合はともかくとして、資産の数が1000を上廻る大型の平均・分散モデルを、そのままの形で解くのは、計算技術が著しく進歩した現在でも、決して容易ではないことである。
ましてや、このモデルが提案された一九五〇年代には、計算機の能力から言って、数十銘柄のモデルを解くのが技術的限界であった。
S氏は、平均・分散モデルの計算上の困難を乗り越えるため、各銘柄の収益が「市場平均ポートフォリオ」の収益と似た動きをすることを手がかりに、「シングル・ファクター・モデル」と呼ばれるモデルを提唱した。
これを元に各銘柄の共分散を計算すると、平均・分散モデルの構造が簡単化されて速く解けるという仕掛けである。
S氏は、この考えにもとづき、二〇銘柄程度の平均・分散モデルを計算機で解いたところ、もともとの平均・分散モデルを解いたのと、ほとんど違わない結果が出ることを確認した。
実のところを言えば、これは銘柄数が少ない場合の話であって、一〇〇銘柄を超えると、両者の結果はかなり違ってくる。
また1000銘柄ともなると、両者にはほとんど類似性がなくなる。
しかし、それが明らかになるのは、実際に1000銘柄のモデルが解けるようになった八〇年代以降のことである。
シングル・ファクター・モデルは、当初は計算上の工夫として考案されたものであった。
しかし、その後も間もなくS氏は、将来確実に一定の収益率を生み出す無危険資産(その代表例は短期国債)が市場に存在するものと仮定して、次の定理を証明することに成功した。
平均・分散モデルに従って投資を行う投資家は、市場平均ポートフォリオと無危険資産だけに投資を行う。
つまりすべての投資家は、市場平均ポートフォリオ(例えばTOPIX)と短期国債だけに投資していればよいというのである。
金融工学に本格参入すべく、一九八〇年代後半にH氏の教科書を集中的に勉強した。
そしてこの定理に出会って、腰をぬかさんばかりに驚いたことを、今でも鮮やかに記憶している。
これまで四〇年近い研究者生活の中で、実に沢山の定理たちを目にしてきたが、「投資家は何も考えずに市場平均に乗っているのがベストだ」という内容のこの定理以上に驚かされた定理は他に五つもないであろう。
これだけでも相当な驚きであるところに持ってきて、次に出てくるのがCAPMの中心的成果として知られる次の定理である。
個別銘柄Sの平均収益率と、市場平均ポートフォリオの平均収益率なおよび無危険資産の収益率らの間に、関係式が成立する。
ここで各銘柄のべータ値と呼ばれる定数は、過去のデータをもとに最小二乗法などを使って計算することが出来る。
また、ベータ値が一に近い銘柄は、平均的に見て市場平均ポートフォリオと同じ振舞いをする銘柄である。
そこで、いくつかの銘柄を組合せて、そのベータ値がちょうど一になるようなポートフォリオを作れば、それは市場平均ポートフォリオと似たパフォーマンスを示すのではないだろうか。
こう考えたシャープは、実際に、二〇〜三〇銘柄を組合せることで、これが可能であることを実証した。
ここで資産分離定理を参照すると、平均・分散モデルはまったくお役御免になるという次第である。
S氏、R氏、M氏らによって組立てられたCAPMの成立によって、金融経済学は一挙に正統経済学の地位を確保することになった。
そして六〇年代後半から七〇年代を通じて、CAPMは一大帝国を築くのである。
この結果、資産運用手法として「インデックス運用」が隆盛を極めることになった。
すべての投資家は、市場平均ポートフォリオ、即ちインデックスもしくはそれに近いポートフォリオに投資していればよいというわけである。
この結果、誰もが市場平均(インデックス)の収益を手にすればそれで十分という消極運用が主流となった。
八〇年代半ば以降、何度かシャ≒フ教授の講演を聞く機会があったが、講演内容はまさにカリスマと呼ぶにふさわしいものであった。
”皆さん。
ここに一〇〇人のファンド・マネージャー五O人が市場平均に勝つとすれば、残り五〇人は市場平均を下回る運命にあります。
なぜなら市場を構成しているのはあなたたちだからです。
半分が市場に勝てても、半分は敗ける。
ともかく、投資家はいつも市場に勝つことはできないのです“。
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